- 「再現演奏会1941-1945 〜日本音楽文化協会の時代」とは
- 満州事変から日中戦争を経てアジア・太平洋戦争に至る十五年戦争の「時代」を考える時、この時期特有の社会状況であるとか、戦後に継続する様々な流れ等々を多角的・多面的に考察していくべきであろう。それはこの時期の音楽文化についても同様である。
- 紀元二千六百年奉祝に沸きかえった1940年には、またあらゆる領域で新体制運動が展開していた。政治面では大政翼賛会の結成となって結実する新体制運動は、しかしながら政治のみならず経済あるいは文化領域に至るまで多大な影響を及ぼした。音楽の領域では、情報局と文部省の共同所管により1941年11月に社団法人日本音楽文化協会が発会し、音楽界の再編一元化がひとまず完成することになる。その後1943年8月には、興行取締のための組織として1940年8月に発足した演奏家協会を統合し、実質的な音楽界の統制団体としての機能を確立し1945年10月に解散するまで、楽曲の制定・普及、演奏会の企画・実施、演奏会企画や演奏家の統制、対外宣伝、挺身活動等々の音楽全般を活用した国民教化、宣伝活動を展開していた。その評価は、今日では往々にして戦時期の統制団体あるいは報国団体としての役割のみが強調されているが、少なくてもその組織設立当初は、制約の中でいかに音楽運動を推進していくのかという模索がなされていたことは、戦後に至る音楽の流れを考えていく上でも非常に重要である。現在、私は実質的な音文の機関紙ともいえる『音楽文化新聞』復刻を進めているが、その他音楽雑誌等で見られる活字情報のみならず、実際に音文が制定や普及に密接に関わった楽曲を再演することにより、当時の「音」を再現し、戦時期の社会と音楽の関わり、そして戦後への流れを探ることは、近代史の新たな側面を照射することになるのではないかと考え、この演奏会を企画した。
- 演奏会では、日本音楽文化協会主催の演奏会で演奏された曲及び同協会が制定に関わった曲の中から器楽曲や歌を中心にピックアップ、再構成し、演奏会形式で再現する。また、当時多くの人々に歌われた(歌わされた)「決戦楽曲」などの国家目的に即応し国民教化動員の役割を担った上からの公的流行歌たる「国民歌」もプログラムに織り込んでみた。当時聞かれた様々な音楽を多角的に再現することを通じ、一面的・否定的に捉えられがちな戦時下の音楽と社会との関係について、改めてその位置付けを企画者・演奏者・観客が一体となって再考できる機会としたい。
- 洋楽文化史研究会 代表幹事/戸ノ下達也
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